【みことばの黙想】『主の臨在の中』詩篇26編1~12節

「主よ 私は愛します。あなたの住まいのある所。あなたの栄光のとどまる所を。」26:8
 クリスチャンの最高の使命と喜びは、礼拝にあるのではないだろうか。礼拝は、唯一まことの神様を、自分のすべてをもってたたえるという、愛と献身の表れである(詩103:1)。主は赦しと恵みの神である。ご自身の血潮によって、私たちを罪から贖い、愛で満たしてくださる。私たちは罪赦された者として、大胆に恵みの御座に行き、感謝と賛美をささげることができる(6,7節)。恵みの御座は主の住まいであり、主の栄光がとどまるところである(8節)。ヤコブは、天から地に向けて立てられたはしごを、み使いたちが上り下りしている夢を見た。主はヤコブにご自身を現わされた。ヤコブは、自分が枕したその場所をベテル(神の家)と呼んだ(創世記28:12~19)。神の栄光の現れに出会ったからである。イエス様の十字架のみわざによって、天が開け、私たちクリスチャンはいつでも、天と地を行き来する者となった(ヨハネ1:51)。主を礼拝するとき、そこに主の臨在があることを実感する。主の臨在は主の栄光である。主の栄光の中に私たちは生かされている。だからこそ私たちは、主にあって誠実に歩む者となるのである(1~3節)。主の臨在が私たちの住まいである。私たちは主の栄光にとどまる者、主を愛する者である

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.

© 2001 Nishinomiya Evangelical Church All rights reserved.