【みことばの黙想】『主はいつくしみ深い』詩篇106篇1~48節

「それでも 彼らの叫びを聞いたとき 主は彼らの苦しみに目を留められた。」106:44
この詩篇全体を通して、出エジプトからバビロン捕囚に至るまでの、イスラエルの民の不信仰、不真実さが告白されている。「主は幾たびとなく彼らを救い出されたが 彼らは相謀って逆らい 自分たちの不義の中におぼれた」(43節)。窮地に陥ると、主を呼び求め、救われると主を忘れ、罪を繰り返す民に対して、「それでも 彼らの叫びを聞いたとき 主は彼らの苦しみに目を留められた」(44節)。罪とは神様に反抗することである。だから、生まれながらの人は、神様に従えないのである。しかし神様は、それでも人間を愛しておられ、見捨てることはなさらないのである。神様が私たちを見放さず、見捨てない証しが、イエス様の十字架である。主の身代わりの死と復活により、人間の罪は完全に赦された。信じるだけで永遠のいのちが与えられ、御国を受け継ぐ者とされる。すべては神様の恵みなのである。人間の努力が入る余地は、かけらもない。私たちの望みはここにある。主の偉大な恵みに応答して、私たちは主を賛美する。「ハレルヤ。主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで」(1節)。

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