【みことばの黙想】『拡大宣教』テサロニケ人への手紙 第一1章6節

「あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、
私たちに、そして主に倣う者になりました。」1:6
テサロニケの教会は、使徒パウロが特別に愛した教会の一つである(2:7,8)。激しい迫害下であるにもかかわらず、短期間に、非常に純粋な教会が誕生したことは(使徒17:1~10)、宣教者パウロにとって、どんなに大きな励ましであったことか。聖書はそれを伝えてくれる(1:6~8、2:13、Ⅱテサロニケ3:1)。

宣教は本来、見返りを求めない愛によって進められる。しかし当然ながら、多くの人々との新鮮な出会いをもたらし、その結果として、宣教する者は感動と喜びを経験する。
これが教会を生み出し、教会を助けていく動機である。

宣教の拡大は、教会の若さを保つ秘訣である。

―堺福音教会発行「そよ風の吹くころ」より抜粋―

【みことばの黙想】『喜びは…』ピリピ人への手紙4章4節

「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」4:4
主イエスは、人としてこの地上を歩まれ、当時の社会で、さげすまれていた多くの人の中に、ご自身を現された。悲しみや苦しみ、弱さのために嘆き悲しんでいる人々の中に、主イエスが来られ、そこを喜びにあふれる所としてくださった。

ところが、自分の弱さを見せることのなかったパリサイ人や、律法学者に対しては違っていた。彼らは自分を義とし、表面的な喜びを追い求めたために、主を十字架に追いやってしまった。

「あなたは、このことを信じますか」(ヨハネ11:26)と、今日も語っておられることばに耳を傾けよう(エペソ1:18,19)。そして高らかに、私たちの主を喜ぼう(4節)。

―堺福音教会発行「そよ風の吹くころ」より抜粋―

2026年5月3日 礼拝メッセージ

主の御名を賛美いたします。

2026年5月3日の礼拝メッセージを本日より配信いたします。

どうぞご覧ください。

 

メッセンジャー:檜垣正裕師

聖書箇所:創世記 24:50〜51、56〜58

タイトル:はい、行きます

西宮福音教会

2026年4月26日 礼拝メッセージ

主の御名を賛美いたします。

2026年4月26日の礼拝メッセージを本日より配信いたします。
どうぞご覧ください。

メッセンジャー:檜垣正裕師
聖書箇所:創世記 22:1〜19
タイトル:イサクをささげるアブラハム

西宮福音教会

【みことばの黙想】 『主こそ神です』列王記 第一18章1~40節

「民はみな、これを見てひれ伏し、『主こそ神です。主こそ神です』と言った。」18:39
北イスラエル王国のアハブ王と妻のイゼベルは、バアル崇拝者で(17:31)、主の預言者たちを殺し(13節)、バアルの預言者、アシェラの預言者を召し抱えていた(19節)。その影響で、民は主への信仰から離れていた(21,22節)。民を主に立ち返らせるために、預言者エリヤはたった一人で、バアルの預言者450人、アシェラの預言者400人と対決した(18~24節)。バアルの預言者たちは、朝から夕まで自分たちの造った祭壇のあたりを踊り回り、自分たちの身を傷つけたりして騒ぎ立てたが、何の応答もなかった(26~29節)。エリヤは壊れた主の祭壇を築き直し、たきぎとささげ物の雄牛を祭壇の上に載せ、その上に、祭壇から流れ出るほどの水を注いだ(30~35節)。エリヤが祈ると主の火が降り、ささげ物も水もなめ尽くされた(36~38節)。これを見た民は「主こそ神です。主こそ神です」とひれ伏して、主に立ち返った(39節)。
多くの偶像にあふれ、罪に満ちたこの世界に、主はご自身のいのちを与えるために来てくださった。主の十字架は、神様が満足され、良しとされた、唯一の罪の赦しの道である。「主こそ神です」(39節)。「息のあるものはみな 主をほめたたえよ」(詩篇150:6)。

【みことばの黙想】『十字架の力』ガラテヤ人への手紙6章11~18節

「この十字架につけられて、世は私に対して死に、私も世に対して死にました。」6:14
神は、世のさばきを御子に委ねられた(ヨハネ5:22)。御子キリストは、十字架によって世を支配する罪と死の力に勝たれた(ヨハネ16:33)。闇から光へと移し(使徒26:18)、古いものから新しい創造へ(Ⅱコリント5:17)、血肉の者を御霊の者へと(Ⅰコリント15:44)新しく造り変える力は、キリストの十字架以外にない。
御子を信じる私たちは、キリストの十字架に合わされて、新しく造られた者である(15節)。神の子どもとして生きるように、この世に置かれている。世と調子を合わせるのではなく、日々、心の一新によって自分を変えていかなければならない(ローマ12:2)。
自分の努力によって聖くなるのではない(13節)。心を一新するのは十字架である。私の「古い人」は、キリストとともに、すでに十字架上で死に渡された。この事実に感謝し、自分自身を委ねるとき、十字架が霊と肉を切り分け、聖別することを知る。そして御霊が主導権をもって、私を導いておられることに感謝するだろう。
「この十字架につけられて、世は私に対して死に、私も世に対して死にました」(14節)。私たちには、十字架以外に誇りとするものはない(14節)。

2026年4月12日 礼拝メッセージ

主の御名を賛美いたします。

2026年4月12日の礼拝メッセージを本日より配信いたします。

どうぞご覧ください。

 

JSキャンプの証:檜垣誉兄、山田侑杜くん、檜垣和人兄、檜垣由基子姉

メッセンジャー:檜垣正裕師

聖書箇所:創世記 21:1〜13

タイトル:神は笑う

西宮福音教会

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