【みことばの黙想】『わたしこそ、慰める者』イザヤ書51章12~23節

「わたし、わたしこそ、あなたがたを慰める者。」51:12
 先週の黙想の主題は「恐れるな」であった。恐れの対象が「人」であることが多いのは(12節)、人の目を気にする自意識にとらわれているからではないだろうか。聖書では、それを「肉」、「古き人」と呼んでいる。イエス様が十字架で死なれたのは、私たちを解放し、御霊の自由を与えるためであった(ガラテヤ5:1)。「あなたは何者なのか」(12節)。主の語りかけに対し、自分がキリストにある自由の子、御霊の人であると答えなければならない。恐れや不安にとらわれて、どうしようもなくても、主が慰めてくださる。「わたし、わたしこそ、あなたがたを慰める者」(12節)。主の慰めとは回復であり、解放である。私たちを自意識から自由にし、主にある立場に、しっかりと立たせてくださる。主の死と復活により、新しく生まれた者として。死に打ち勝たれた主の、永遠のいのちが与えられた者として。主の御手の陰にかばわれている者として(13~16節)。「目覚めよ」(17節)。御霊が、私たちの心の目を開いてくださり、キリストにあることが、どれほど大きな恵みであるかを知ることができますように。「立ち上がれ」(17節)。主の慰めは、恐れる者に勇気と力を与える。「わたし、わたしこそ、あなたがたを慰める者」(12節)。

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