【みことばの黙想】『信仰は』へブル人への手紙11章1~3節

「信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです。」11:1
へブル書1~10章を読むと、「望んでいること」(1節)とは、イエス様のことを指していることがわかる。イエス様は、人間を救うことのできる唯一の方である。イエス様は、目に見えないが生きておられる。なぜ、そう言えるのか。それは信仰による。
信仰によって、イエス様が生きておられる主であることを確信する。私たちの信仰は、思い込みや、私たちから出たものではなく、イエス様ご自身から与えられた信仰である。
信じたとき、イエス様と合わされて一体となったということは、私の信仰は、イエス様の信仰ということになる(ガラテヤ2:19,20)。この信仰で、天地創造のわざは、神のことばによることを悟る。見えるものではなく、見えないものに目を留めて生きる者に変えられているからである(3節)。
主は信仰をご覧になる。やがて、神様の御前に立ち、信仰の報いを受け取るときが来る(Ⅱコリント5:10)。信仰による証しを残す者でありたいと願う(2節)。

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