「それを仰ぎ見れば生きる。」21:8
イスラエルの荒野での40年間は、不満とつぶやきが繰り返された旅路であったと言える。初めの人々のほとんどは死に絶え、新しい世代が中心となって、約束のカナンの地に向かっていた。しかし彼らもまた、食糧と水がないことに、不満を爆発させた(4,5節)。そのとき神様は「燃える蛇」を送り、噛まれた者の多くが死んだ(6節)。モーセが主に、民のために、執り成しの祈りをささげたとき、主は「青銅の蛇」を作って、旗ざおに掲げるように示された(7~9節)。青銅の蛇は、罪をあらわしている。青銅の蛇を仰ぎ見た者は生きた(9節)。イエス様は、この出来事を引用され、ご自身の十字架のみわざによって、信じる者はみな救われることを語られた(ヨハネ3:14,15)。十字架を仰ぎ見るとき、そこに、イエス様とともにつけられた自分を見る。古き人は「キリストとともに」死んで葬られ、「キリストの復活につぎ合わされ」、「キリストにある」私として生きる者になった。「御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)。クリスマスは、救い主がこの罪の世にお生まれくださった喜びが、全地に響き渡った日である(ルカ2:13)。イエス様は世に来られ、贖いを成し遂げてくださった。
「地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。」(イザヤ45:22)。
