【みことばの黙想】『強くあれ。雄々しくあれ。』ヨシュア記1章1~9節

「強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。」1:9モーセの死後、神様はイスラエルを導くリーダーとして、ヨシュアを任命された(5節)。約束の地に入るために、雪解け水で溢れかえるヨルダン川を渡らなければならない(2節)。また、神を知らない民の住む地を奪い取らなければならない(4節)。しかし神様の約束は、「すでにあなたがたに与えている」(3節)。十字架上でイエス様は「完了した」と言われた(ヨハネ19:30)。だから私たちの信仰生活も「すでに」から始まっている。目に見える状況は、克服不可能と思われても、神様のことばに立ち、信頼して従っていかなければならない。神様は私たちの弱さをご存じである。だから信仰を励ましてくださるのである。約束の地を前に「強くあれ。雄々しくあれ。」と、3度も語りかけておられる(6,7,9節)。このときイスラエルを捉えていたのは「恐れ」であった(9節)。神様よりも、増水するヨルダン川を、敵を恐れていたのである。神様にまさるものは、天にも地にもない。「強くあれ。雄々しくあれ。」…それは「すでに与えている」約束に、イスラエルがしっかり立つようにとの、神様からのチャレンジである。主は私たちとともにおられる(9節)。主の愛の中にとどまる私たちを恐れさせるものは何もない。「強くあれ。雄々しくあれ」。

2024年1月7日 礼拝メッセージ

主の御名を賛美いたします。

2024年1月7日(日) の礼拝メッセージを本日より配信いたします。

どうぞご覧ください。

 

メッセンジャー:山本峻師

聖書箇所:ヘブル人への手紙4:1〜11

タイトル:信仰によって結びつける

西宮福音教会

【みことばの黙想】『恵みから恵みへ』申命記26章1~19節

「主があなたとあなたの家に与えられたすべての恵みを…喜びなさい。」26:11

イスラエルの民は、荒野での40年の放浪の旅から、約束の地での定住生活に入って行こうとしていた。約束の地とその地の収穫物は、主の賜物である(2節)。最初に収穫する初物を「主が御名を住まわせるために選ばれる場所」へ行ってささげ、信仰告白をすることによって、主の恵みを覚えるのである(2~10節)。主から受けた恵みは、与えることによって増し加わるという、天の法則がある(ルカ6:38)。第三年目に、収穫の十分の一を納め、これをレビ人、寄留者、孤児、やもめに分かち与えることによって、天の法則が働くところとなる(12~15節)。神様は、イスラエルが恵みの上にさらに恵みを受けて、主の聖なる民としての証しを立てて生きるように望まれた(18,19節)。教会は「主の宝の民」、「主の聖なる民」である。神の恵みに感謝し、受けた恵みを分かち与えることによって、主の民としての栄誉を現していくのである(19節)。「主があなたとあなたの家に与えられたすべての恵み」(11節)…私たちが受けているものは、すべて神様からの恵みである。恵みを分かち合う時、主の喜びが満ちあふれるようになる(ヨハネ15:11)。

【みことばの黙想】 『主の御声に聞き従って』申命記18章15~22節

「あなたの神、主は…私のような一人の預言者をあなたのために起こされる。」18:15

イスラエルには、サムエル、エリヤ、エレミヤなど、主に忠実に仕えた多くの預言者たちがいた。しかし、モーセのような預言者は他にいない。主はモーセとは「口と口で語り、明らかに語って、謎では話さない。彼は主の姿を仰ぎ見ている。」(民数記12:8)。主が起こされたモーセのような預言者は、イエス様である。ユダヤ人たちが、バプテスマのヨハネに対して「あなたはあの預言者ですか」(ヨハネ1:21)と質問している。「あの預言者」が、モーセが言った「私のような一人の預言者」のことである(15節)。イエス様は神とともにおられ(ヨハネ1:2)、父なる神様と一つである(ヨハネ10:30)。イエス様だけが父なる神様を見ておられ、神様を現わすために世に来てくださった(ヨハネ1:18)。イエス様は人として世にお生まれくださった神の御子である。主はご自分を捨てて、そのいのちを与えてくださったほどに、私たちを愛しておられる(ガラテヤ2:20)。「あなたがたはその人に聞き従わなければならない」(15節)。私たちは御子の御霊を受けているので、主の御声に聞き従うことができる(ヨハネ10:16)。今年も主に信頼し、主について行こう。

【みことばの黙想】『ここまで主が導かれた』申命記8章1~10節

「この四十年の間、あなたの衣服はすり切れず、あなたの足は腫れなかった。」8:4
四十年に渡る荒野の旅を終え、イスラエルの民は、約束の地カナンを目前にしていた。四十年の間に死に絶えた民もあり、新しく生まれた民もいる。約束の地に入るにあたって、モーセは再び、神の律法と約束のことばを語った。神様に信頼して生きる祝福と(3,4節)、恵み豊かな神様への希望を教えるためであった(7~10節)。荒野での四十年間のイスラエルは、不従順と不信仰の連続だった。しかし、そのような彼らにマナが与えられ(3節)、過酷な荒野で衣服がすり切れず、足が晴れることもなかったのは(4節)、神様がともにおられ、導かれたからである。今日が今年最後の日である。この一年間は、あなたにとって、どのような年であっただろうか。世の中の闇が深まっていくのを見て、不信仰になっていなかっただろうか。世の中に、また自分にばかり目を留めていては、主があなたとともに歩まれたことに気づかないだろう。「この十字架につけられて、世は私に対して死に、私も世に対して死にました。」(ガラテヤ6:14)。キリストにあることに目を向けるとき、主が大きな恵みをもって歩ませてくださったことを知る。主よ。あなたに感謝ささげます。

【みことばの黙想】『神が住まわれた』ヨハネの福音書17章20~26節

「わたしは彼らのうちにいて、あなたはわたしのうちにおられます。」17:23
イエス様は、私たちが神の愛の中に生きるために、この世に生まれてくださった。信じる者に与えられる永遠のいのちは、父、御子、御霊の、三位一体の神との交わりの中に入れられることを意味する(Ⅰヨハネ1~3節)。十字架刑を前にしてイエス様が祈られたのは、信じるすべての者が、神との交わりの中を生きることで、完全な一致を持つことであった(21~23節)。十字架のみわざは、私たちを主と完全に一つにする(23節)。復活の主の御霊が住まわれるので、神を愛し、互いを愛することを知るようになる(26節)。私たちは主の愛の中にとどまることによって、御霊による一致を保つ(23節)。「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。」(1:14)。イエス様が世に来られたことで、神の国が世に現わされた。そして、イエス様のいのちを受け取った人々を通して、神の国が広がっている。神の国は神が愛で治めるところである。父なる神様は、愛するひとり子をお与えくださったほどに、私たちを愛された。これが神の国である。

12月24日 クリスマス礼拝

主の御名を賛美いたします。

12月24日(日)クリスマス礼拝の特別賛美とメッセージを本日より配信いたします。

どうぞご覧ください。

 

聖歌隊特別賛美:This Child

 

メッセンジャー:檜垣正裕師

聖書箇所:マタイの福音書2:1〜12、ルカの福音書2:8〜20

タイトル:救い主との出会い

※当教会ではマスク、手指の消毒は個々の判断にお任せしています。 

西宮福音教会

10分くらいのChristmas Message 202312

メリークリスマス! クリスマスにお生まれになったイエス様はあなたにとって何者でしょうか? もしあなたにとってイエス様が無関係なら、あなたは無関係な相手の誕生をお祝いしていることになりますね。 まずはイエス様にとってあなたがどのような存在であるかを確認してみましょう。 そして、あなたはそのイエス様の思いにどう応答されますか?



12月17日 アドベント第三週 礼拝メッセージ

主の御名を賛美いたします。

12月17日(日)アドベント第三週の礼拝メッセージを本日より配信いたします。

どうぞご覧ください。

 

メッセンジャー:檜垣正裕師

聖書箇所:ピリピ人への手紙2:1〜11

タイトル:キリストの謙遜

※当教会ではマスク、手指の消毒は個々の判断にお任せしています。 

西宮福音教会

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